Effortless Life
OTHER

「否定」と捉えてしまう気持ちの中には、「わかってほしい」がある。

そういえば、
先週月曜(7/31)~昨日日曜(8/6)の日次の
振り返りをみていたら、火曜以外の日、
全部誰かと夕食を一緒にしていました。

取引先だったり、旧友だったり、前職先輩
だったり、コミュニティの仲間とだったり、で。

私は1人の内省する時間も必須だけれど、
誰かとご飯を食べて、いろんな話をする時間も
やっと楽しめるようになってきたかな(遅い)と
思っています。

以前は、22時までに寝たいから
外食すると遅くなるので・・パス。とか。
結構していました。 寝る時間、優先!
早起きしたいし・・。読書も。

勿体なかったー。

最近、特にですが
本当に「ゆるいつながり」の大切さを感じます。
ひとりで得られる情報なんて本当に限られているし
どうしても偏ってしまう。意見も自分のしかない。

ブログにしても、人付き合いにしても、
「別に好きな人にだけ読まれればいいや」とか
「意見はこうだから、わかってくれないとしても、いい」とか
全然思いません。

なんだか、そういう気持ちってもう古いなーと。
主張して、押し通すことは幸せではないし
確実になにか大切なものを取りこぼしてしまう。

コミュニケーションを通じて、相反する
意見がでるのは当たり前のこと。それを以前は・・
「否定された!つらい!同調しないと」って
思う事、実は多かったけれど。

否定ではない、んですよねー。
「意見、考え」。

何を恐れていたんだろう。
否定することも、されることも、してくる人も
まぁまぁ苦手だけれど、苦手って思う気持ちの中には
「分かってほしい」という思いが、あるのかな。

そういうちょっと?「純粋な」部分って
きっと大切にしたほうがよいなと。

人から学ぶことって、ほんとうに沢山あります。
いつもありがとうございます!